不妊とは、今度こそ宿るはずだった二人の赤ちゃんと、きちんと出会えていないうちに別れさせられる喪失……、いわば『小さな流産』を繰り返している状態だといわれています。
「毎周期の努力は積み重ねられず、ゴールも見えない、そのような大きなストレスを抱え、それでも赤ちゃんを迎えに行こうと歩み続けるには、流されることなく、自分たちで選んだ道をしっかり歩いて行くことが重要なのです」と語るのは、山下レディースクリニック(神戸)の山下正紀院長。
日本の体外受精の黎明期から不妊治療の現場で奮闘されてきた山下先生ならではの治療にかける思い、患者さんへの想いをうかがってきました。
「私たちが、妊娠率が決して高くはない“できるだけ自然に近い妊娠”を目指す治療を丁寧に行っているのは、より自然に近い治療法ほど患者さんの負担が、経済的にも、身体的にも、精神的にも軽くなるからなのです」
そう話してくれた山下正紀先生は、1997年の開院以来10,000組(令和4年1月現在)を超える夫婦を妊娠に導いてきた、『山下レディースクリニック』(神戸・三宮)の院長。不妊治療の方法は、医療の介入度が低い順に『タイミング療法』、『AIH(人工授精)』、『体外受精や顕微授精などのART(アート/生殖補助医療技術)』の3ステップに分けることができます。確かに、医療の介入度が上がるほど妊娠率は高くなりますが、その分、患者さんの負担も増してしまいます。 通常、医療行為には『インフォームド・コンセント(十分な情報提供を受けたうえでの同意)』が必要だといわれていますが、こと夫婦の価値観が治療方針に大きな影響を与える不妊治療においては『インフォームド・チョイス(選択)』でなければならないと山下先生はいいます。
「とにかく早く妊娠できればいいというのであれば、すべての方に体外受精や顕微授精をおすすめすることになるでしょう。でも、仮に奥さまがまだ20代とお若く、夫婦生活のタイミングがずれているだけで妊娠のチャンスを逃してきたような夫婦に、十分な情報提供と選択の機会を与えないまま体外受精を行ったのだとすれば、当然、夢はかなうでしょうが、それはオーバートリートメント(過剰な治療)なのです。
一通り不妊スクリーニング検査を行い、決定的な問題が見つからなければ、医療介入度のもっとも低いタイミング療法からスタートし、順に高度な治療への階段をあがる、いわゆる“できるだけ自然に近い妊娠”を目指す治療の進め方を『ステップアップ治療』といいます。当クリニックでは、質の高いステップアップ治療によって、例年、少なくとも妊娠例の半分以上が、AIHまでの負担が軽い『一般不妊治療』で妊娠されています」
二人の不妊原因が、その治療方法で乗り越えられる問題かどうか検査するつもりで、一定期間は一般不妊治療も試してみる価値があるというのです。「ただし」と、山下先生は穏やかな表情を引き締め、「妊娠にはリミットがあるので、ステップアップの速度は、奥さまの年齢を意識しなくてはならなりませんが……」と深刻な口調で話されました。
「ステップアップ治療を行っても一般不妊治療で結果が出なかった方、スクリーニング検査の段階で重症の男性不妊や両側の卵管の閉塞が見つかった方などは、『体外受精(IVF)』や『顕微授精(ICSI/イクシー)』が必要になります。“できるだけ自然に近い妊娠を”などというモットーを掲げていると、ART部門が弱いのではないかと心配される方がおられるかも知れませんが、むしろART技術に自信を持っているからこそ、一般不妊治療にも安心して取り組んでいただける時間があるのだとお考えいただいていいと思います」
連続的な胚の観察ができる『タイムラプス』を導入するなど、整った胚培養環境に加え、大学で基礎研究を行ってきた胚培養士をそろえ、技術力に自信を持つ『山下レディースクリニック』。このクリニックのARTには、一般不妊治療のときと同様に母体への負担やリスクをできるだけ抑えたうえで妊娠を目指そうというポリシーが感じられます。
「ARTでは、妊娠率の向上のため排卵誘発剤による卵巣刺激が必要になりますが、この際、もっとも怖いとされる副作用が、腹水がたまることもある『卵巣過剰刺激症候群(OHSS)』です。OHSSを重症化させるのは、採卵準備のために必要なhCG注射と胚(受精卵)の着床によってやがて胎盤になる組織から分泌される天然のホルモンhCGです。そこで、卵巣刺激の際は、黄体ホルモン剤を併用することで採卵前の自然排卵を抑制するPPOS法を選択することで、採卵準備にはhCG注射ではなく点鼻薬(アゴニスト製剤)を代替するという手法を用いています。さらに、できた胚(胚盤胞)をすべて凍結保存し、卵巣の腫れがひいてから別の周期に移植することで、私たちはOHSSをほぼ完全に回避することに成功しています」
「また、リスクを少しでも下げるという意味では、顕微授精においても、患者さんお一人お一人の精子の頭部の大きさに合わせて、卵に精子を送り込む針の太さを可能な限り細くして、卵に与えるダメージを小さくしています。さらに、卵細胞質内に精子を送り込む際にも、針先を刺し入れるときの卵の変形をより小さくするため、従来の物理的に押すことで卵膜を破る方法ではなく、針先を微細に振動させることで卵膜を破るピエゾ法を、全症例に採択しています。
顕微授精が国内で行われるようになって約30年。安全性もほぼ確立され、体外受精で妊娠できなかった場合の次の手段としてではなく、並列の関係で、どちらが適しているかで授精法を選択する時代になりました。とはいえ不明な点もまだまだ残されていますので、顕微授精がより安全な技術になるよう、さらなる研究が続けられるべきだと考えています」
より卵や母体にやさしいARTで、より高いテイク・ホーム・ベイビー率を達成すべく、『山下レディースクリニック』の胚培養室では、日々、研究が続けられているのです。
「先ほど、OHSS重症化を回避する方法としてあげた、採卵周期の妊娠を避けて全胚(胚盤胞)凍結保存を行い、別周期に移植する方法は、『凍結融解胚(胚盤胞)移植』といって、母体に安全なだけでなく胚の着床率を大きく引き出すことにもなると考えています。そこで、当クリニックでは複数の受精卵ができた場合には、本当に生命力のある胚を見極めるため長期培養を積極的に行い、良好と判断される胚盤胞は、極力、全胚凍結保存をし、子宮内膜を理想的な状態に整えた周期に戻す、凍結融解胚盤胞移植を行う戦略をとっています」
インタビューの最後、山下先生から患者さんに向けた温かなメッセージを託されました。
「みなさんは、赤ちゃんをただ待つのではなく、迎えにいこうと夫婦で決心し、不妊という困難に果敢に立ち向かわれている方々です。傷つくことも多い日々だと思いますが、だからこそあなたたちは、きっと人の痛みのわかる人になられる、深く子どもの気持ちを理解できる素敵なご両親になられると、私たちは強く信じています」
医療技術とホスピタリティーの両輪が患者さんを支えているクリニックなのだと、つくづく感じいった取材でした。
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