ご報告
一人目妊娠中
40代~
していない
2019/01/28 11:12
みなさん、こんにちは。
最後の書き込み、卒業から5ヶ月が経ちました。
下手にトピを立てるのも良くないと思い、この場にてご報告させていただきます。
先日1月21日(月)帝王切開にて男の子を出産しました。
妊娠初期の頃から問題だらけで、予定日より3ヶ月近く早いのですが、これ以上は無理というドクターの判断で手術に踏み切ることになりました。
1022g、小さな小さな赤ちゃんですが、現在NICUにて元気にしています。
「いつかきっと会える」
顕微授精にステップアップした5年前から、言霊のように繰り返しながら不妊治療を続けてきました。
この5年は本当にいろいろなことがありました。
なかなかうまくいかない治療。
初めての妊娠。
こんなに幸せでいいのだろうかと思うほどの幸せの絶頂から叩き落とされた地獄。
生死をさまようほどの大出血。
半年もの妊娠禁止期間。
再びのチャレンジ、そして2回目の妊娠。
1回目の幸せは幻に過ぎなかったと思い知る恐怖の日々。
そして…
泣くことも動くこともない我が子と会うための陣痛に堪えた一晩。
またしても命が危ぶまれる程の大出血。
地獄すら楽園に思える、何もないひたすらの闇に沈んでいく日々。
自分の命より大事な息子をふたりも殺してしまった罪悪感。
生きている資格すらないという思いと、踏み止まらなければという思い。
そんな私を根気強く支えてくれた人達の存在。
妊娠するべきではないかもしれない、迷いを抱えながらの3度目の挑戦への決意。
だけども一向にうまくいかない治療。
時間的金銭的限界への焦り。
そしてようやく差し込んだ一筋の光…。
「いつかきっと会える」
すっかり言霊の威力を失っていましたが、その日は来ました。
ようやく訪れたこの日に感じたのは幸せでも喜びでもなく、安堵でした。
そして感謝です。
誰よりも一番頑張ってくれた我が子達に。
今回も本当に問題だらけで、産科の主治医も何でここまで育つことができたのかわからないと首を傾げる程でした。
なので私は言いました。「私の執念です」
初めて不妊治療センターの門を叩いてから12年。
ついに願いを、夢を叶えました。
赤ちゃんはまだ少なくとも3ヶ月は入院になります。
まだ胸に抱くこともできません。
戦いはこれからも続きます。
でも、私はファイター、何回ダウンしても負けずにここまで来ました。
その息子である我が子も負けずに乗り越えてくれると信じてます。
不妊治療は障害物だらけの真っ暗なトンネルを進むようなもの。
諦めないでなんて簡単には言えません。
けれどせめて、トンネルの中を照らしてくれる存在に出会えますように。
私は照らしてくれる人だけでなく、こっちだよと導いてくれる人と、手をつないで一緒に歩いてくれる人に出会うことができたから、出口に辿り着くことができました。
どうか、孤独な戦いになりませんように。
私も頑張ります。
戦いはずっとずっと続くから。
だけど、つらくても、戦い続けられることこそ幸せなんじゃないかって今なら思える気がします。
最後に、ここでたくさんの人とお話しさせていただくことが出来て、いろいろなことを考え、成長することが出来たと思います。
本当にありがとうございました。
また書き込むことがあるかはわかりませんが、もしその機会があったらよろしくお願いします。
では、これにて。
最後の書き込み、卒業から5ヶ月が経ちました。
下手にトピを立てるのも良くないと思い、この場にてご報告させていただきます。
先日1月21日(月)帝王切開にて男の子を出産しました。
妊娠初期の頃から問題だらけで、予定日より3ヶ月近く早いのですが、これ以上は無理というドクターの判断で手術に踏み切ることになりました。
1022g、小さな小さな赤ちゃんですが、現在NICUにて元気にしています。
「いつかきっと会える」
顕微授精にステップアップした5年前から、言霊のように繰り返しながら不妊治療を続けてきました。
この5年は本当にいろいろなことがありました。
なかなかうまくいかない治療。
初めての妊娠。
こんなに幸せでいいのだろうかと思うほどの幸せの絶頂から叩き落とされた地獄。
生死をさまようほどの大出血。
半年もの妊娠禁止期間。
再びのチャレンジ、そして2回目の妊娠。
1回目の幸せは幻に過ぎなかったと思い知る恐怖の日々。
そして…
泣くことも動くこともない我が子と会うための陣痛に堪えた一晩。
またしても命が危ぶまれる程の大出血。
地獄すら楽園に思える、何もないひたすらの闇に沈んでいく日々。
自分の命より大事な息子をふたりも殺してしまった罪悪感。
生きている資格すらないという思いと、踏み止まらなければという思い。
そんな私を根気強く支えてくれた人達の存在。
妊娠するべきではないかもしれない、迷いを抱えながらの3度目の挑戦への決意。
だけども一向にうまくいかない治療。
時間的金銭的限界への焦り。
そしてようやく差し込んだ一筋の光…。
「いつかきっと会える」
すっかり言霊の威力を失っていましたが、その日は来ました。
ようやく訪れたこの日に感じたのは幸せでも喜びでもなく、安堵でした。
そして感謝です。
誰よりも一番頑張ってくれた我が子達に。
今回も本当に問題だらけで、産科の主治医も何でここまで育つことができたのかわからないと首を傾げる程でした。
なので私は言いました。「私の執念です」
初めて不妊治療センターの門を叩いてから12年。
ついに願いを、夢を叶えました。
赤ちゃんはまだ少なくとも3ヶ月は入院になります。
まだ胸に抱くこともできません。
戦いはこれからも続きます。
でも、私はファイター、何回ダウンしても負けずにここまで来ました。
その息子である我が子も負けずに乗り越えてくれると信じてます。
不妊治療は障害物だらけの真っ暗なトンネルを進むようなもの。
諦めないでなんて簡単には言えません。
けれどせめて、トンネルの中を照らしてくれる存在に出会えますように。
私は照らしてくれる人だけでなく、こっちだよと導いてくれる人と、手をつないで一緒に歩いてくれる人に出会うことができたから、出口に辿り着くことができました。
どうか、孤独な戦いになりませんように。
私も頑張ります。
戦いはずっとずっと続くから。
だけど、つらくても、戦い続けられることこそ幸せなんじゃないかって今なら思える気がします。
最後に、ここでたくさんの人とお話しさせていただくことが出来て、いろいろなことを考え、成長することが出来たと思います。
本当にありがとうございました。
また書き込むことがあるかはわかりませんが、もしその機会があったらよろしくお願いします。
では、これにて。
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